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最高裁判所第二小法廷 昭和48年(行ツ)110号 判決

当事者 上告人 太田建次郎

右訴訟代理人弁護士 織田義夫

被上告人 石川県選挙管理委員会

右代表者委員長 三由信二

右参加人 中野光弘

右訴訟代理人弁護士 面洋

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人織田義夫の上告理由について。

候補者の氏名の下に付記された「御中」なる文言は、「へ」「に」「宛」などと同様の呈示の意思をあらわすために用いられるものであって、単なる敬称の類ということはできず、公職選挙法六八条五号にいう他事記載に当たるものと解すべきである。したがって、右文言の付記された投票を無効とした原審の判断は正当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小川信雄 裁判官 岡原昌男 大塚喜一郎 吉田豊)

上告代理人織田義夫の上告理由

一、原審は「愛知末太郎御中」と記載された投票について「御中」なる文言は会社団体など個人宛でない郵便物などの宛名の下に添える語で、しかも「へ」「に」あるいは「宛」などの語と同趣旨の呈示の意思を表示する意味を含んでいるものであって「殿」「様」などの単なる敬称とは異なり、これをこえた有意の文言と解すべきものであるところ、さらに加えて右投票においては「御中」なる語が右のような通常の用法と異なり、個人名の下に添えて記載されているので他事記載となり無効と判定した。

しかし、右「御中」は他事記載ではなく有効と判定すべきものである。

二、およそ選挙制度には二つの理念が存在する。その一は選挙制度が個人意思の表明であって、その表明した意思を尊重するという理念であり、その二は秘密投票主義等を採用することによって意思の表明が公明適正に行なわれることを制度的に保障しようという理念である。

三、しかして、公職選挙法第六八条第五号本文は公職の候補者の氏名の外、他事を記載したものは無効としており、その趣旨は同法第四六条第二項、第五二条などと共に憲法第一五条第四項の定める秘密投票主義に由来するもので、公職選挙法第一条が掲げるように選挙人の自由に表明した意思によって公明且つ適正に行なわれることを制度として担保しようとするものであって、前記第二の理念に基づくものである。

一方、同法同号但書で職業、身分、住所又は敬称の類を記入したものは有効としており、その趣旨はこれらは一般に人を特定する場合に通常用いられるものであり、わが国の言葉使いや人の感情からむげに排斥しないものとして、すなわち事柄の性質や自然の感情を尊重したものであって、作為の介入する可能性が通常少ないものであることを考慮したものである。

すなわち前記二つの理念のうち選挙人の個別的意思の尊重に優先を認めたものである。

四、同法第六八条第五号本文及び但書は右のような趣旨から出たものであるから「敬称」についても秘密投票主義や適正選挙の制度的保障の理念を破るような作為的記載のないかぎり人の自然の感情として有効と判断すべきものである。

しかるとき「殿」「様」並びに本件の「御中」も当然人の自然的感情として敬称の類に入るべきものといわなければならない。

五、原審は第一に「御中」は会社団体等の名宛の下に添える語で個人には使用しないものという。厳密にいえば原審のいうとおりであるが、しかし一般人の中には右のような区別を意識していない者もおり、まして学力、知識の低い人にあってはこれを区別せず「殿」「様」のかわりに「御中」と書くことがしばしばあり、また「御中」が「殿」「様」より一般上の敬称であると解するものさえいるのである。第二に原審は「御中」は「へ」「に」「宛」などの語と同趣旨の呈示の意思を表示する意味を含んでいるもので、「殿」「様」などの単なる敬称とは異なり、これをこえた有意の文言と解している。しかし、これこそ判断を誤っているものである。すなわち原審によれば「御中」は会社団体に対するものであり、「殿」「様」は個人に対するものであるならば、その間にどうして一方は単なる敬称であり、他方は有意の記載となるのか判断に苦しむものである。

六、右のように「御中」は少なくとも敬称の部類に入ることは明らかであり、個人の敬称と団体の敬称とを誤まって記載したからといって、これをもって直ちに他事記載として無効とすべきではなく、特段の作為的有意的意思を表明する事情のない限り有効と判断すべきものである。

よって原判決は公職選挙法第六八条の解釈運用を誤まったものであり、判決に影響を及ぼすべき法令違背がある。

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